私の生まれは、江刺である。今は、奥州市江刺区になっている。江刺市から奥州市に変わることになったとき、大きい(広い)市名だなあ、でかすぎて大丈夫かなあ・・・と、感じた。・・・が、最近は、奥州市江刺区を、なかなか良い住所だなあ・・・と感じている。一気に歴史が復活したように思う。
昔の地名は長い年月を経て、比較的現在に残っているという。私はまったく詳しくは無いが、地名にはそれぞれ、その地域の歴史につながるいわれがあるのだろう。奥州市江刺区になったとたんに、岩谷堂、伊手、田原、愛宕(おだき)、稲瀬、玉里、藤里、広瀬、梁川、米里の地名も、一気に光り輝きだしたように思う。
もっと贅沢を言うと、平泉市江刺区のほうが、もっとぴったりするように思う。昔、岩手県南はいわゆる奥州平泉の中心であった。たとえば、1057年の源頼義と安倍貞任が戦った、藤沢町の「黄海」は、平泉市藤沢区黄海がもっともふさわしいように思う。
おそらく、近い将来、道州制(またはそれに近い制度)になって、今の岩手県も、3〜4程度の行政単位になるのかも知れない。そのときを見据えて、平泉市もチョット頭のどっかに置いておくのもいいかも知れない。
昔の地名は長い年月を経て、比較的現在に残っているという。私はまったく詳しくは無いが、地名にはそれぞれ、その地域の歴史につながるいわれがあるのだろう。奥州市江刺区になったとたんに、岩谷堂、伊手、田原、愛宕(おだき)、稲瀬、玉里、藤里、広瀬、梁川、米里の地名も、一気に光り輝きだしたように思う。
もっと贅沢を言うと、平泉市江刺区のほうが、もっとぴったりするように思う。昔、岩手県南はいわゆる奥州平泉の中心であった。たとえば、1057年の源頼義と安倍貞任が戦った、藤沢町の「黄海」は、平泉市藤沢区黄海がもっともふさわしいように思う。
おそらく、近い将来、道州制(またはそれに近い制度)になって、今の岩手県も、3〜4程度の行政単位になるのかも知れない。そのときを見据えて、平泉市もチョット頭のどっかに置いておくのもいいかも知れない。
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